ラッキーの研究

あなたはラッキーとか、楽とか好きですか?

人によってはそんなあやふやなものは嫌い、楽してもその先にいいことはない
という考えの方もいて反感を買ってしまうかもしれませんが、

このブログタイトルを見てわかるとおり、
私はラッキーとか楽をすることが大好きです。

 

そもそもラッキーって何でしょうか?

日本語と英語でもなんとなくニュアンスが違いますね。辞書で調べてみました。

 

日本語でラッキーは幸運の事で、
人知の及ばない天が決めているという少し神秘的な感じ。

 

英語のLuckyはそもそも形容詞なので、調べるとすれば名詞形のLuck。

偶然起きるいいこと、恵まれている状態というような使い方がされている
みたいです。

本人不在で出た結果や状態、といった感じで

こちらはあまり神秘性はないですね。単純に外から来たみたいな。

だからかもしれませんが、アメリカ人と仕事する際に仕事の成果を褒める時に
あなたはluckyでしたねというのは、努力もしないで成果を得た
と言っているようなもので、本人が言うのはいいとしても他人が言うのは
大変失礼にあたると聞いたことがあります。

 

日本語も英語もどちらの意味もわかるのですが、
どちらかというと私はLuckの意味でとらえています。

つまり、ラッキーは2種類あって、

偶然起きるということが

①行動していると何かいいことが起きること

で、
恵まれている、ということが

②元々いい状態

ということになります。どちらもありがたいですね。

 

明石家さんまさんがTVでよく言ってますが、

生きてるだけで丸儲け

とても恵まれていていい状態を表すとてもいい言葉です。

 

 

急にスケールの大きな話になりますが、私たちの暮らす地球を見てみると、多く見積もってもたかが上空10kmの高度以上では通常の人は生きられません。

地球をピンポン玉に例えれば表面の0.03㎜くらいの薄皮です。

ロケット作って、この薄皮の外に生物が出るために人類の英知を集約して要した時間が地球で生物誕生してから40憶年。

宇宙レベルで見れば、生物が生きている環境があることだけでも
超ラッキーと言っても過言ではないですね。
生きているという最低レベルでさえも生物はもともといい状態にいる。
つまり
生きているだけでラッキー。

 

 

行動していると何かいいことが起きること、について考えると
これも唐突になりますが、ラッキーとゴールって似ているし、意外と近くにあると思いませんか?

 

どちらも自分の顕在意識の外にあって、急に目の前に現れる。

ゴールは、現実の外に設定する
という禅問答のような、一見、空をつかむような話がありますね。
でも、実際に今の現実の外に行きたいからゴールを設定するわけで、自然ですよね。

ラッキーも同じようなもので、こんなラッキーないかなあ、と現実の外を考えてなければ
目の前にラッキーがあっても気が付かないことも多いし、
気が付いたとしてもどうしてそこにラッキーがあったのか
原因なんてわからなくても自然にラッキーな結果になっていることもある。

 

例えば、ずっと欲しいと思って探してた時計がなぜか旅先で売っていた。
しかもこの一個しか入荷してない。
ゴールは、この時計が欲しい。ラッキーは、こんなところで見つかった。
ただ、いつなのかはわからないけど、ということ。

 

ネットを含む今までの生活圏では見つからなかったのに、ふと目にしたらそこにある。

心理学でユングが提唱したシンクロニシティがまさにこういったものですが、
これもラッキーの形の一つですね。

 

気づいていないだけで、元々、ラッキーの上に生きているし、
身近にもラッキーがいっぱいあるのだから、
勘違いだとしても、どこから来るのかわからないにしても
それに乗っかる方が楽に生きていけると、私は確信しています。

 

私はごく私的にラッキーを研究しているのですが、

学術的にもラッキーの研究はされていたり著書も見受けられますので、

いいネタあれば共有していきたいです。

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