熊野三山巡りを終わり、古都奈良、太古からの神々の住む伊勢を巡る旅行記の3~4日目。
ここでは東大寺での写仏についてです。
東大寺での写仏
念願の十五社巡りがおわったので、東大寺での写仏と仏像巡りに進みます。
ちょうどいい時間になったので、
東大寺の方に向かい、早めのお昼にしました。
行きたかった、吉野葛の食事処は残念ながら定休日だったので、
どうしようかと迷っていたら、蕎麦屋があったのでそこに入り、
その場で削ったばかりの鰹節をたっぷりのせたおろしそばをいただきました。
食後に、東大寺の南大門を抜けた右側にある、写経道場に向かいました。
東大寺の写仏は、基本は社務所に電話でもいいので予約して行うものです。
今回は当日予約できましたが、ホントは前日までに予約は必要みたいです。
写仏とは
そもそも、写仏とは何かというと、仏画や描かれた仏たちの姿を、下図を基にして、筆と絵の具で写し描くことで、写経と同じで、半紙をお手本の上に重ねて、透けた部分をなぞって縁を書く。
黒は墨を擦ってつくり、使うのは当然筆。同じ太さの線を書くことに苦戦しました。色は、半紙をお手本から外して、固形絵の具を使ってお手本に倣って色を調整し、これも筆を使って絵を完成させます。
写経だと文字ばかりで堅苦しく、お絵かきならだれでもできるという感じですが、写仏、写経も立派な修行なので、優劣はないとのことです。
写経場
南大門から入って進むと、右側に写経場があります。
写仏を行った写経場はこんな感じ。入ったときにはお二人が写経をしていました。
完成した絵は大仏様に奉納するので、住所、氏名と願い事を絵の横に書き、そのまま置いておけば奉納していただける。
時間は閉館時間の4:30までOK。色は付けなくてもよし。
絵は3枚あるがすべて奉納しても1枚でもいい。
その場で完成できなかったら、後に家で完成して郵送もできる。
見本はそのまま仏画なので、持って帰って、家に飾っておいてもOK。
写仏体験
見本はこの3種でした。
1時間半くらいで、結局完成した絵はこの一つ。
残りは色付けせずに、奉納しました。
ただなぞっているだけなのに、まっすぐ線が引けなかったり、同じ線でも太くなったり細くなったり、見本からずれていったり、色もなかなか思い通りに調色できなかったりと、結構難しいものでしたが、出来/不出来は別として絵が完成するのは楽しいもので、あっという間に時間が過ぎていました。
道場内は静寂な一方、東大寺だけあって修学旅行できている子供たちの高い声が遠くに聞こえ、なんでこんなに騒いでいるのだろうと思いながらも、ほほえましい感じ。落ち着いているっていうのはこういうことなのかな、と体感できたいい時間でした。
大仏殿
せっかくここまで来たので、当然ながら写経の後、大仏殿で大仏様を拝ませていただきました。ここが仏像が一番きれいに撮れる方向とガイドさんが小学生に教えていたので、それにあやかり、一枚撮影。
大仏殿を出るころには雨が降り出していましたが、南大門の阿形、吽形を横目に見ながら興福寺に向かいました。
この道すがらこんなのを見つけました。
せんとくんです。
一時話題になっていましたが、まだまだ健在だったのですね。何でその存在が非難されていたか、昔も今もよくわからないのですが、ここで会うことができてちょっとうれしかったです。
阿修羅像
興福寺は雨が本降りになったこともあり、改修中なので、国宝館で仏像界のヒーロー阿修羅像を見るだけのために寄りました。
阿修羅とは、古代インドではアスラという善神だったものが、ヒンドゥー教では悪者になって、仏教に取り込まれた際に阿修羅になり仏法の守護者となっている方、というか存在です。背景や設定が変わって、神と敵対したり、神になったり、敵になったり味方になったり、仏教に取り込まれても、共通した認識は力のある存在として戦うというイメージ。
その特徴的な姿と、戦う存在という設定も相まって、神話から今の時代の漫画やゲームまで、愛される存在として、キャラクターの人気が不動なものとなっているのかもしれません。古代から語り継がれる存在は大したものです。
そんなことを考えながら、東京で大盛況だった阿修羅展に行けなかったこともあり、およそ8頭身の三面六臂の阿修羅像は私にとって実物は初見でしたが、しばらく見とれていました。
フィギュア
阿修羅像を見た後Amazonでガチャガチャフィギュアの「和の心 仏像コレクション 全6種セット」を思わず購入してしまいました。その中の阿修羅はこんな感じ。
雰囲気は出ているけど表情とか、興福寺で見た姿とは色も表情も微妙に違う。。。
これきっかけで阿修羅像集めに走りそうです。
ということで、別な阿修羅フィギュアの入手です。
これは7.5㎝くらいの高さしかないのですが、かなり再現性は高いと思います。
もう少しすすけていてもいいとは思いますが、このサイズで文句は言えないです。
miniQというシリーズ。さすが海洋堂です。
三面六臂の“三面 ”とはもちろん顔が3つあるということ。「臂」とは、ひじのこと。つまり“六臂”とは、腕が6本あるということ。
見ての通り、合掌している真ん中の2本の腕以外は手ぶらですが、高く掲げられている2本の腕は、左手に日輪(にちりん。太陽)、右手に月輪(がちりん。月)を掲げていて残り2本の腕は、左手に弓、右手に矢を持っていたといわれています。
パンフレットについて
阿修羅像の調査をしたときに、CTスキャンで確認すると、顔の下にはもっと険しい顔が作られていて、これを覆うように今の少年のような顔が作られているそうです。
国宝館のパンフレットには、この表情は懺悔という宗教行為ではないかと書かれていますが、奈良時代の日本で作られることで、この仏像は戦う存在から、戦いを懺悔する存在に変化したのかも。
この仏像人気の秘密もこんなところなのかもしれません。
ところで、私の感覚では、入館時に無料配布されているような国宝館案内のパンフレット、というには小さな冊子は100円でした。どうせなら、拝観料に上乗せしておけばいいのにとも思いますが、おまけとしてもらって無造作に捨てられるよりはいいかとも思い、もしかしたら、興福寺の良心なのかとも思います。
十二神将とか、八部衆とか、十大弟子像など一そろいになっている展示は個人的には大好きなので、私に言われるまでもないと思いますが、大事に展示お願いします。
国宝ということは、私のものでもあるということですから筋違いのお願いというわけでもないですね。
一通り3日目の目的は達成しましたし、雨も本降りになってきましたので、
本日のホテルに向かいました。
中宮寺の半跏思惟像(はんかしゆいぞう、はんかしいぞう)
4日目の朝はホテルを出て、
中宮寺に向かいます。中宮寺の目的は半跏思惟像。
半跏思惟像(はんかしゆいぞう、はんかしいぞう)というのは、仏像の像形の一つで,台座に腰をおろし,右足を曲げて左足の膝頭に載せ,右手を曲げて指先を頬に当てて思索にふける姿の像の事。
今回見た中宮寺の伝如意輪観音像と京都の広隆寺の弥勒菩薩像が有名です。古典的微笑(アルカイックスマイル)といわれる微笑みが象徴的な仏像です。
直接、観音様の写真は撮れませんが、中宮寺入り口手前の掲示板にその写真がありました。
中宮寺のHPを見ると正式名称は菩薩半跏像(伝如意輪観音 でんにょいりんかんのん)。
説明をそのままコピペすると、
半跏の姿勢で左の足を垂れ、右の足を膝の上に置き、右手を曲げて、その指先きをほのかに頬に触れんばかりの優美な造形は、いかにも人間の救いをいかにせんと思惟されるにふさわしい清純な気品をたたえています。
とのこと。
中宮寺
中宮寺へは、法隆寺東院四脚門をくぐり、左に右と進み、入り口がありました。つつましやかというか、はかなり質素なもの。
さらに進んで、こちらが観音様のいるお堂。正面からは奥行きがないので下がってもカメラに横幅がおさまりきりません。
朝なので人もいない静寂な雰囲気でした。
堂内に入ると奥に、観音様が座っていて、その前に座ります。解説員の方が、説明の音声を流してくれてそれを聞き終わり、そのままの態勢で観音様を眺め続ける。気が済んだら退席という流れです。心落ち着くすごくいい感じでした。
観音様の説明で、はじめはいろいろな装飾や、仏具がついていたのですが、時が経つにつれて装飾品がなくなり、現在のようなシンプルな姿になったようです。はじめどういう姿だったかは想像つきませんが、今のお姿が一番、そう思える時間でした。
その他フィギュア
前出のフィギュアシリーズに半跏思惟像が入っていましたが、これは宝冠をかぶっているのでおそらく広隆寺の弥勒菩薩像です。実物を見たことがないのでよく判りませんが、雰囲気は出ているのかもしれません。
前出のフィギュアには南大門の阿形吽形も入っていてこれは結構完成度は高いのではと思います。迫力は全然違いますけど。
中宮寺は法隆寺夢殿と同じ敷地内にあるのですが、夢殿では修学旅行生がガヤガヤやっているし、観音様に会えて満足でしたので、他は寄らず、4日目の午前中で奈良の観光は終了です。
次の目的地、伊勢に向かいました。
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